月めぐり@直美の日々是善哉

散歩・落語・お天気・食を愉しむ日々を徒然なるままに

たちきり〜三笑亭茶楽の至芸とお香〜

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心が動くことを感動といいますが

寄席が終わったあと

感動のあまりまっすぐ家に帰れず。

 

心と頭の整理に

余韻に浸るために喫茶店でコーヒーを飲んで

帰宅をしました。

 

落語にはいくつかの種類のサゲ(落ち方)があり

実はすべてハッピーエンドではありません。

 

中には悲劇、後味の悪い話もあるのですが

例えば

悲しいサゲを悲しく演じる

悲しいサゲを淡々と演じる

悲しい話を滑稽に演じる

同じサゲでも大きな差があります。

 

チャップリンは喜劇の人でもありますが

悲劇の話を喜劇で演じることで

よりその悲しみの深さを表現したり。

 

演劇で有名な演目

シェイクスピアの「ベニスの商人」も

強欲なユダヤ人のシャイロック

 

彼を悪人として捉えるか?

ユダヤ人てして迫害を受けた時代の被害者

悲しい存在としてとらえるか?で

受けてが感じる印象はガラリと異なります。

 

落語も同じことが言えるなと

改めて思いました。

 

落語の「たちきり」という演目は

道楽が過ぎた大店の若旦那と

花柳界の芸者「小久(関西では小糸)の悲しい恋の話

 

途中で三味線、長唄の「黒髪」が入り

落語家とお囃子さんの息を合わせる必要もある

難しい演目の1つです。

 

あくまでも私個人の経験ですが

落語家が登場人物の心情や背景を

どう捉えてるのか?で

たちきりの印象がやはり大きく異なります。

 

ベタな人情話、悲劇的に仕上げる方。

ある2人の人生の1コマとして端正に語る方。

くすぐり、笑いを多く入れる方。

 

色々です。

 

好みが人それぞれなので「たちきり」に限らず

どの落語話でも「どの師匠が最高」というのは

人によって異なります。

 

それぞれに良さがあるのです。

 

が、私自身、「たちきり」に関しては

三笑亭茶楽師匠ほど感動した方がいません。

 

一昨年の春風亭正太郎さんの落語会に

ゲストとして出られたときに

初めて茶楽師匠の「たちきり」を聴きました。

 

その場にいたお客様の心が動き

会の主役、落語家の正太郎さん自身も感銘されており

 

この場にいれたことに感謝したい

師匠のたちきりを聞けたのは本当に幸運だ

貴重な一席だったと

来場者が口々にその感動を述べていたのが

とても印象的でした。

 

末廣亭の昼席、茶楽師匠のトリで

その「たちきり」を久しぶりに聴くことが叶いました。

 

おかみさんのセリフ、その一言で物語が終わるとき

線香の煙の最後の一筋が見えるようでした。

 

茶楽師匠のたちきりは

The人情話風で泣かせようという演出ではなく

さらりとしてシンプルな風合い。

 

にもかかわらず、終わったあとの余韻が凄い。

 

師匠がお辞儀をし

鳴り物がなり寄席の昼の部が終わりを告げ

緞帳がおりきると

涙が溢れてしまいました。

 

「たちきり」は

茶楽師匠の師匠である先代の八代目可楽師匠の

十八番。

 

私は残念ながらCD音源でしか知りませんが

先代の可楽師匠のたちきりは

おそらく20回、30回と聴いています。

 

茶楽師匠が前座の時に

可楽師匠が他界されてるので

茶楽師匠は可楽師匠からは

直接教わってはいないと思うのですが

 

どこかに可楽師匠の面影が感じられ

他の師匠方より端正なのにもかかわらず

(私が女性ということもあるかもしれせんが)

琴線に響きます。

 

聞けて嬉しかった(*'▽'*)

 

落語に限らず

大人になると頭で考え過ぎてしまい

子供の頃よりも感動することが

少なくなるように思います。

 

落語、音楽、観劇、書籍

心が動くことって

本当に人生を豊かに充実させてくれるなぁと改めて感じます。

 

芸者の小久は死をもって恋を昇華させ

最終的に魂は一緒になれたのだから

悲劇ではあるけれど

女冥利に尽きる結末なのだろうなと

「たちきり」を聞いて思いました。

 

いつかチャンスがあれば

皆さんも寄席や落語会などで味わってくださいませ。

 

☆お香ライフ☆

茶楽師匠の「たちきり」に合わせ

辛み立ちの沈香

https://www.kohgen.com/i/3638652000000